飲食業DX-コロナで何が変わったのか?元外食チェーン本部長の連載記事2

元大手外食チェーン本部長による飲食業DX連載2回目記事

  • 飲食DX

コロナで起きたこと、企業の対応とその結果

始めにこの3年弱をざっと振り返る。あっという間の3年間でもある。前回の始めに「コロナに対する認識の違いは今後の企業経営にとって大きな分岐点となる」と述べた。2019年12月末頃に中国の武漢で原因不明の肺炎との報道があり、2020年1月16日には日本国内初の感染者発表となった。2020年2月27日には当時の安倍首相が全国小中学校の一斉休校の要請を行うなど、日本各地で週末の外出自粛等の要請が徐々に広がった。

その後の細かな経緯は省略するが、2020年3月後半から突如として、「コロナは危ない」という感覚が生活の身近の共通認識となった。人が動くことや人との接触、つまり「人流」への注意信号が現れた。その後4月中旬には「3密の回避」「不要不急の外出自粛」「テレワークの導入」と言った、それまで体験したことがないような「新しい生活様式」が基準となった。このことはDXにも多大な影響を与えることになる。

業績と動向

外食業界の話をすると、多くのパート従業員が、突然の子どもの休校・休園によって出勤が困難となった。それにより飲食店側が、働き手が足らないと心配する間もなく、客数が一挙に減少、今度は売上が足らなくなった。まさに需要・売上の蒸発である。この2020年4月の売上減少の割合は、記憶にある限りの不景気や増税、災害の際の落ち込みをはるかに超えるものであった。5月になり、コロナの感染者数はやや減少したものの、飲食店の客数は4月ほどではないが元には戻らなかった。

その結果、多くの店舗や外食企業にとって損益分岐点売上を下回る売上が続き、コロナ禍の先行きが見えないことから、このまま当分の間、売上が戻らないと言う不安にあふれた。経営者心理として、もしこの状況が続けば会社の存続が危うくなる恐怖感を持った方も多いと思う。突然の売上の蒸発と先が見えない状態、その中であっという間の赤字への転落である。多くの外食企業にとって、売上減少が10%、20%のレベルでもほぼ赤字となるが、2020年上期の落ち込みは、それをはるかに上回った。

3年経っての振り返り

日本におけるコロナの感染は、2020年の第1波、第2波、2020年末からはじまる2021年の第3波、第4波、第5波、そして2022年の第6波、第7波、さらに現在の第8波と続く。既に皆さんの記憶にも残っていないと思うが、感染者数は、第1-2波に対して、第3-5波は約10倍以上、第6-8波は現在までの所、さらに約10倍以上、つまり2020年感染拡大時の約100倍超のレベルとなっている。(筆者注:各波の感染者数1日あたりのピーク値比較である、大まかに規模感を比較するための表現とご理解頂きたい)

2022年には、コロナワクチンの接種が国内累計で約3億人を越えた。世界にまれなほど国民がマスクを着用している中、行動制限の緩和に伴い、屋外ではマスクは不要、と言う政府の発表がなされた。2022年下期になり、飲食を始めとして多くの場所での人流が制限は解除され、元に戻りつつある。もちろん業界によって差があることは言うまでもないがコロナ前と比較して人流や利用の仕方が変わったところもある(行動変容)。振り返って確実に言えることは、コロナ禍のはじまった時点では、先のことは全く読めなかったと言うことである。

何を行ったかで今後が決まる

ここでコロナに対する外食企業の対策に話を戻したい。経営者の業績悪化への対策としては、①売上の減少に対して変動費の削減、つまりパート従業員の人数や勤務時間数の削減、経費の削減である。②次に収束時期が見えないとの判断の下、将来への投資の中止であった。判断が速い企業は③固定費を下げるために人員削減の準備に入った(実施は3~4ヶ月後となる)また同時に④マイナスのキャッシュフローを見ながらいつまで資金が持つかを予測して、借入や資本増強などに動いた。

2023年にまもなく返済がはじまるいわゆるゼロゼロ融資や劣後ローン等の対策がはじまったのもこの頃である。この施策は、当面の対応策であり、多くの企業にとって実質的には先延ばしの策でもあった。こういった一連の動きは、さらにM&Aや、業界再編成、廃業の動きにも繋がった。③に述べた人員削減は異業種への出向等の策を含めて2020年の後半以降に実施した企業が多い。これは固定費の削減であるとともに、まさに企業変革のチャンスでもあった。つまり、この機会に業務変革、さらにDXを加速した企業が体質強化と企業変革の機会を同時に手にすることになった。

DXの動きと停滞、経営者のマインドセット

こうした中、DXへの動きを加速した企業と、その動きをスローダウン、あるいは中断した企業、さらには取りやめた企業に分かれることになった。厳しいようだが、その動きを加速しなかった企業は、そもそもDXの本質を見誤っていたと言えるかも知れない。「何のためにDXを行うか」を明確に持っていない企業や経営者にとっては、DXはコストが掛かり、キャッシュが出ていく取組みとなり、前に進めるにはハードルが高い。

マインドセットという言葉がある。ひとり一人の価値観や思い込み、仕事のやり方や社会通念についての固定観念のことである。DXやIT、システムについてのマインドセットも人により異なるので、それぞれの判断にも違いが出る。

いつかはコロナが収まる、正確に言うと収まって欲しい、という想いにとどまっている限りは、対策や戦略の方向の選択肢が狭くなる。今回でコロナ禍が終わって欲しいという多くの国民の願いとは反対に、また次の波が来るのでは?という不安な想いもかなり根付いているのではないだろうか。

(個人の願望とは異なる見通しであるとの前置きつきで)私見では、残念ながらこの波は形を変えることも含めて今後も続くと考える。2023年1月7日時点で、直近での中国からの新たな2度目の世界への感染輸出の懸念と言うだけではなく、世界が繋がっている限り感染の伝播は生じると考える。つまり、また起きると言う前提でこれから先に何をすべきかを考えるべきだと思う。そもそも今回のコロナは2019年に発生した新型コロナウイルス感染症という意味でCOVID19と呼ばれるが、そもそものコロナウイルスが発見されたのは1960年代である。これは現在では比較的軽い風邪を起こす程度であり、ほぼ世界中の人が感染したことがあるものである。

その後、SARSやMERSが知られているが、今回のCOVID19も含めて動物とヒトとの接触によるものだ。さらにウイルスの進化のスピードが速いことによる変異がその感染の大きな要因と言える。つまりヒト、人類が生きていく限り、ウイルスと共生することになる、という認識を持つことが将来への準備に繋がる。このような認識を持って、全ての判断を行うことが重要と言える。

 進んだ改革とIT化の動き

ここでDXの意味を簡単にまとめてみることにする。

DXの定義 経済産業省 DXレポート2 中間取りまとめ(概要) 令和2年12月28日P25より引用

https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-3.pdf

この定義を元にして様々な説明がなされているが、企業の視点から要点を述べてみる。

  • デジタイゼーション:できることをデジタル化すること。ペーパレス化が近道であり、まずはクラウド化することがその第1ステップである。POSシステムも導入だけではこの段階である。Web会議やリモートワークを始めることもその入口と言える。これだけでも仕事のやり方や感覚はかなり変わることになるが、社内の抵抗が強くこれもできないようであればDXは諦める方が良い。従業員ひとり一人のマインドセット(仕事のやり方についての思い込み・価値観)を変えることからはじまる。
  • デジタライゼーション:個人レベルや各部門内の業務のプロセスをデジタル化すること。現在の業務を見える化した後で、業務を見直してデジタル化することが重要。各部門に加えて部門を越えて行う方が効率的なことは明らかであるがそこにハードルがあることが多い。
  • デジタルトランスフォーメーション、いわゆるDX:ICTを活用して企業の部門や組織・階層を越えた会社横断的に業務がデジタル化された状態。事業目的達成や変革のために企業の全ての活動とひとり一人の行動が成果を挙げる。企業変革(CX)に繋がる。

重要なことは、定義をもとに自社の状況をしっかり把握することおよびその先にどうしたいかである

システム構築の本質、DX化の取組みの評価

こうした中、外食業界や関連するベンダーやスタートアップのIT企業がDXに積極的に取り組んでいることは見逃せない。特に外食企業にとって、数年前まではコストが割高であったサービスが一挙に能力を上げ、相対的な割安(コスパが高い)になることで導入できるサービスが増えている。自社に適していることが重要であるので、アンテナを貼ることとテストをすることが必要である。中には幾つかのサービスがパッケージになっているモノもある。

大事なことはそれで何をするかということである。SaaS(既製品のアプリをネット経由で期間契約して利用)と呼ばれるサービスがある。ここで自社の業務をよく理解してベンダーに相談することが大事であり、ベンダー(担当者)は契約して終わりではなく、クライアントと伴走できることが好ましい。サブスクリプション契約(期間を設定した契約で費用計上)が多いと思うが、クライアントにとってベンダーの切り替えは面倒なモノであるので長期的な関係が好ましい。

生産性向上について

企業だけではなく商店、個人事業においても、顧客のニーズに対応してビジネス(商い)を行い、

売上を獲得する。この売上から費用を引いて利益を確保して、その増加を目指す活動が事業の基本となる。また、利益が出れば十分ということではなく、事業活動が生み出した付加価値(売上-外部から購入した経費 … 外食業界では一般に材料費を指す)と、そのための働き手の量、つまり労働投入量との関係、さらにこれを金額に置き換えたものが重要となる。これを労働生産性と言い、よく生産性を上げることが必要だという話を聞くと思う。

我が社は具体的にいくら

さて、我が社の労働生産性を知っている人がどれ位いるだろうか?そして生産性がどのような推移をたどってきたか?また、いくらを目指したいのか?明確に知っているだろうか?店舗運営や製造部門に携わっている責任者であれば言えると思うが経営者の皆さん、ご存知でしょうか?今回のテーマであるDXに関わる責任者、担当者はいかがであろう。

 生産性を上げることの意味を抽象論として述べるだけではなく、自社、自部門にとって、いつまでにいくらを目指したい、という目標が必要と考える。さて皆さんはどうでしょう!

労働生産性に関連のある指標として労働分配率がある。

労働分配率と言う概念に馴染みのない方のために補足をしておくと、労働分配率は下記の式で成り立つ。

労働分配率=人件費/付加価値高(粗利益)

尚、1人あたりの年間労働生産性の50%を給与として支給している場合、労働分配率50%と言う。

特に外食を含むサービス業の労働生産性が低いこととそのために労働分配率が高いことが課題である。(つまり給与水準は低いが分配率は高い)これからますます労働力が不足する中で、生産性を上げるビジネスを行うことが極めて重要となる。DXは一般的に生産性向上、業務効率化に貢献できるものが多いため、この観点からもDXは必須といえる。

見える化とDXの貢献 そのためのツール

「システムは業務である」というのが私の考えである。今の業務、つまり仕事の仕方を見直すこと、業務をまず可視化するところからはじめ、業務フロー上のボトルネックを特定し、フローを見直す、それをシステム化することが大事である。上司は部下の業務フローを知っているであろうか?その業務を行うための労働投入量とその仕事によって生み出された付加価値との関係が労働生産性である。DXは企業変革のための道具だと思う。DXで何をするかの1つとして、生産性を上げること、同時に生産性を見える化することだと思う。これもDXの目的の1つになり得る重要な一歩だと考える。

リスキリングの重要性

近年、リカレント教育や、リスキリングという言葉をよく聞くが、ここでその意味を押さえておきたい。リスキリングは、(リ+スキル)つまり、再びスキルを身につけるという意味である。従来の技術や技能の延長ではなく、新たな能力、スキルを身につけることである。最近ではIT人材が不足していることでICTの技術、プログラミングやデータサイエンス等を身につけることがその例であるが、IT以外も含めての幅広いスキルが対象と言える。これに対してリカレントも学び直しと言われるが、こちらは一旦職場を離れた人や定年後に大学で再び学ぶことが代表的で、個人としての学びとなる。

何のために、皆でリスキリング→DX

リスキリングの目的は、顧客の満足度を高めて、生産性を上げることである。そのために全社一丸となって(精神論ではない)ひとり一人のスキルを上げることが必要である。つまり、リスキリングすべきは決して外食の店舗の従業員や一部の生産性が低い部門の従業員だけではない。リスキリングは全員で取り組むことである。従業員ひとり一人がそのマインドセットを新たなOSをインストールするようなイメージでUpdateすることである。

一番に行うべきは経営者、役員である。DXはIT部門だけの問題ではない。一般に会社の「組織のピラミッド」においては、職位が上位になるほど年齢が高く、その組織において評価されて選抜された人が多い。つまり過去のマインドセットによる評価である。これは当然のことである。

しかし、世の中の変化のスピードは速く、特にIT分野の技術進歩は早いので、経営トップは常に最新の情報を取り入れている必要がある。(未だにクラウドではなく、オンプレミスが良いといっている人は少ないと思うが)例えば自社の経営陣がSaaSを理解して、その上で何をするかという判断ができることが重要となる。ここで良いモノは残しながら常に頭の中(マインドセット)をUpdateすることである。

IT部門あるいは経営企画部門あるいはDX担当プロジェクトチーム長は、部下への啓蒙と同様に経営陣へのDXやICTの啓蒙が重要な役割となる。

次回は、コロナ後の姿、飲食企業としてやるべきことについて述べたい。